生命のリレー

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知らぬ間に暦が夏を運んできた。

蝉時雨はより一層、蒼天声高らかにこだまし、水の張られた田には鮮やかな緑が揺れている。

たまには細君の実家である東御市に赴く。

この日は母方の義祖母に遥を対面させるため、朝早くに車に飛び乗った。

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所謂佐久平は本当に空が高い。

どこまでも広大で、浅間の稜線は果てしなく続いているようだ。

おばあさんは、何年か前から認知症の気があり、紆余曲折を経て、現在は自宅からほど近い養老施設で生活をしている。

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現在、65歳以上の高齢者のうち認知症を発症している人は推計15%で、2012年時点で約462万人に上ることが厚生労働省研究班の調査で明らかになっているという。

認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の高齢者も約400万人いると推計されているそうだ。65歳以上の4人に1人が認知症とその“予備軍”となる計算だという。

自宅から二時間ほど車を走らせると、細君の生家である東御市に着く。義父母と合流ののち、おばあさんの暮らす施設に向かう。

ご対面の食事会は施設の近所にある中華レストランで行う事になった。なんでも、家族同伴であれば外出の許可が出るらしいのだ。

実は小生も初対面である。
事前の情報によれば、「繋がりの悪い日」には、実の娘でもある義母のことさえも分からないという。そして、そのような日が大半を占めることも聞いていた。

出来ればおばあさんの調子が良いことを淡く願いつつ、佐久平の田園風景の中をひた走る。

一行が着店してすぐに義母と細君がおばあさんを迎えに出た。

ほどなくして、二人に支えられながらゆっくりとした足取りでおばあさんが入ってくる。少し訝しげな表情で一面を見渡すと、遥を見てニッコリと微笑んだ。赤子の力は無限大である。

この日はとても「繋がり」が良かったらしい。

おばあさんは終始、遥を「可愛い可愛い」と愛で、「このまま連れて帰りたい」なんてジョークを言っていた。

細君のことも義母のことも分かっていた。小生のことも分かってくれたみたいで良かった。

おばあさんからみると、遥はひ孫であり、そこには4世代が集まったことになる。

生命のタスキリレーは幾年の年月を経て、その中華レストランで繋がったことになる。いや、繋がってはいたんだけど、こうして相対することができるのは本当に奇跡だった。

そこにいる全員が嬉しそうだった。そりゃそうだ、普段なかなか会えないのに加え、「繋がり」のいいおばあさんが遥を抱えてほほえんでいるのだ。

最近めっきり涙脆い小生はトイレに隠れて涙を拭いた。

小一時間ほど談笑したあと、会はお開きになった。
おばあさんは最後まで遥を気にかけ、「また遊びに来てね」と言いながら、名残惜しそうに帰路に就いた。

できることならまた会って遥を抱き上げて欲しい。

抱き上げることが出来ない位に遥が成長するまで元気でいてほしいです、おばあさん。

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赤子の生命エネルギーは周りの人間を元気にする、と、誰かが言っていたのを思い出した。

「繋がりがいい日」は、もしかしたら遥の生命エネルギーによるものだったのかもしれない。

おばあさんは次の日、遥や僕を覚えているだろうか?

いや、話を聞く限り、忘れる確率の方が大いに高いだろう。そう考えると、胸が痛くなった。

でも確かにあの日、僕達は笑いあった。それは紛れもなく彼女の人生の歴史だ。彼女が認知症に敗れ、あの日の記憶を奪おうとも、私達が証人として彼女のそばに寄り添えればいい。僕達は家族だ。

会食中、おばあさんがグズっている遥に向かって

「何をして欲しいんだい?」

と語りかけたことを、帰りの車内で思い出した。

遥はキョトンとしておばあさんを見つめて何も言わなかったが、僕は胸の中で、遥の答えを代弁した。

「なにもしてくれなくてもいいから、みんな元気で幸せでいてよ。ほかにはなにもいらないから」

蝉時雨がやけに煩い夏の一日だった。

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