或る肖像 第一章 ~手紙~

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第一章 手紙

年の瀬も迫った冬の日、忘年会でごった返す居酒屋でのアルバイトを終えた裕二は、寝入り酒をコンビニで購入し、疲労感に包まれたまま住み慣れた吉祥寺のアパートに帰宅した。

いつものように誰もいない部屋のドアを開け、玄関の電気を点けると、足元に白い封筒が落ちていることに気がついた。

「丸山裕二様」

宛名の筆跡から察するに、ここ何年も会っていない母からだと悟った。

電話はたまにするものの、特に話すこともないような気もしたし、バンド活動とアルバイトに明け暮れる日々の中で帰省する時間も作れずに何年も田舎には帰っていなかった。

正直なところ、帰りたいとも思っていないのが本音だった。

封筒を握ったまま6畳の自分の根城に上がり込むと、ポケットからタバコを取り出し火をつけた。

ドスンと腰を下ろすと、「おつかれさま」と母の声が聞こえた気がした。

一体いつまでこの生活が続くのだろう。

裕二は最近そんなことを良く考えた。

デビューすることを夢にバンドを続けていたものの、いつまで経っても結果には出ない。

幸いずっと同じメンバーとバンド活動を続けられてはいたが、最近はメンバーと今後のことを話し合ったりすると前向きな話にはあまりならなかった。

30歳を目前にした裕二も同世代の同じバンドのメンバーも、SNSで知人の結婚の写真だの出産の写真だのを嫌というほど目にしていた。

間違ったことをやっているという自覚は全く無かったが、このままどこまで続ければいいのかが不明瞭なままだった。

終わりの見えない日々の終わりを探してただ活動していることに、漠然と不安を覚えるのも無理はなかった。

裕二は消えかかった煙草の最後であろう煙をめいいっぱい吸い込み、今日の疲れを白煙と一緒に大きく吐き出すと、少し乱暴な素振りで封筒の先端を破った。

裕二が上京してもうかれこれ10年以上経過していた。

裕二は高校を卒業するまで地元であった長野県の田舎町で育ち、卒業後は東京の音楽系の専門学校に通った。

上京の理由は二つあった。

物心ついたころから音楽が好きだった裕二は、中学校に上がってしばらくすると、長年少しずつ貯めてあったお年玉やお小遣いで知人の先輩からギターを譲ってもらった。

中学、高校と、青春時代の殆どをバンド活動に費やした裕二にとって、上京してバンドをやることはいつからか大きな夢になっていた。

いつか修学旅行で訪れた窯焼教室で作った湯呑には「音楽だけで食っていく」と書いた。

進路の事で当時の担任と話したとき、周りの友人たちのような堅実な未来は描けなかったものの、音楽だけは続けたい一心から、間違っても裕福とは言えない親に無理を言って進学させてもらった。これが理由の一つ。

あともう一つは、閉塞感に満ち溢れた田舎の暮らしからどうしても出たいという想いからだった。

田舎に生まれた若者にありがちな「ただただ田舎から出たい」という短絡的な思想もあったが、裕二が何よりも切り離したかったのが「家族」だった。

裕二は昭和55年の春、父である丸山茂、母である由紀の次男としてこの世に生を受けた。

それだけなら順風満帆に思えるが、彼の場合はそうもいかなかった。

父の茂は、所謂「根無し草」というやつで、若い頃から定職に就かずに職を転々とした。

金も稼いで来ないくせにギャンブルや女に明け暮れた。

働かないのに家族を養えるはずもなく、友人や親族に多大な借金を作った挙句に踏み倒すことも度々あり、殆どの友人や親族は音信不通になった。

最終的には祖父が建てた自宅も借金の抵当に充てられ、家族になんの相談もないまま自宅は他人の物になっていた。

裕二が電話という利器を理解した頃、呼び鈴が鳴り響く電話を取ると、いきり立った怒鳴り声が受話器越しに裕二の耳を劈いた。

「おい!電話を使う金があるなら今すぐに返せ!」

「親を出せ!今すぐに金を持って来い!」

まだ小学生だった裕二にはその怒号は全て理解できなかったが、とにかく相手が怒っていて父か母がお金を借りている。そのくらいはなんとなく理解できた。

最初は何の気なしに親に受話器を渡していたが、そのうちに疎ましくなり裕二は電話に出ることをやめた。

ある日友人に電話をしようと受話器を上げたが、うんともすんとも音が鳴らず、不思議に思った裕二はそのことを母に話すと、「電話線を抜いているの」とバツが悪そうに教えてくれた。

裕二は幼ながらに、自分の家庭は貧乏なんだと理解した。

そんな困窮の家庭を黙して支え続けたのが母の由紀だった。

当時、糖尿病で寝たきりだった父方の祖母の介護をしながらだったので、彼女もまた定職には就けなかったものの、パートだろうとアルバイトだろうと休みなく働きに出た。

身を粉にして働くとはまさに由紀のために生まれた言葉なのかと思うほど必死で働いた。

そしてどんな時でも、父を捨てて家を出ることはしなかった。

それでも時折、由紀が茂に労働を催促して口論が起きた。

裕二が中学二年生の時、働くことを再三咎められた茂が逆上し、手元に握ったご飯茶碗を由紀に投げつけ、頭を六針ほど縫う怪我を負った時があった。

その時ばかりは耐えかねて、裕二は兄の龍一と一緒になって由紀に離婚を勧めたが、その首を縦に振ることは無かった。

「情もあるから離れられないんだよ」

と、由紀は二人に向かって微笑んだが、まだ色恋沙汰も知らない兄弟には彼女の笑顔は全くもって理解できなかった。

裕二は歳を重ねるに従って、この家族は家族のような形をした集合体なのだと考えるようになった。

幸せそうな友人の家庭を見ると、やけに胸糞悪かった。

裕二の家族に対する考え方は、高校一年生の頃には完全に破綻していた。

封筒から便箋を取り出すと、四つ折りにされた書をゆっくりと伸ばした。

裕二へ

お元気ですか?

もう何年もこちらには帰ってこないので、ちょっと心配になったので手紙を書きました。

バンドはどうですか?彼女はできましたか?

前勤めていると言っていた倉庫の仕事は続いていますか?

そう言えば、お兄ちゃんは独立して電気工事の一人親方として頑張っていますよ。次男も生まれました。とても可愛いです。

今年の年末は忙しいかな?帰ってきませんか?

お母さんの好きなアザミが今年も綺麗に咲きました。

お父さんは近所のスーパーでアルバイトをし始めました。

もうすぐ年金も貰えますが、それだけだと苦しいので、お父さんもお母さんもしっかり働いています。

この前、村の健康診断に行ったのですが、再検査になってしまいました。

でも全然元気に働いているので、多分大丈夫です。

たまには裕二の事も教えてくださいね。

寒い日が続きます。体には気をつけて。

母より

ぶっきらぼうに並べられた脈絡のない文章が、しんしんと綴られていた。

裕二は由紀の達筆を目で追いながら、庭に植えられたアザミや、青々とした田舎の空や、全てを包み込むような夕焼けや、兄や茂や由紀の事を思い出した。

そして、胸の中に蠢いていた言い表すことのできないざわざわとした何かを感じながら嗚咽を漏らした。

手に持った煙草はとっくにフィルターの前で消えていた。

どのくらい時間が経ったのか分からない。

気が付くと、しんと静かに冷える部屋の真ん中で、どこを見つめるでもなくぼーっと何かに想いを馳せていた。

手紙に落ちた涙も乾き、手先まで凍えるようだった。

外の空気を吸おうとカーテンを開けると、仄かに明るくなった都会の空がまたいつもと変わらない一日を運んできていた。

由紀が倒れたとの知らせを龍一から聞いたのは、年が明けてすぐの事だった。

【次章】

第二章 ~黎明~