或る肖像 第四章 ~落日~

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第四章 ~落日~

晩秋の寺の中はとても寒かった。

劈くような冷気が、お経の間を縫って裕二の体をめがけて突進してくるようだった。

正座に耐え切れなくなったのか、龍一の一番目の子供が右後ろの方で何かを訴えている。

お焼香が回り終わり、まもなくお経も終わった。

「それではこれより火葬場へ参ります」

給仕の女性が物腰柔らかくアナウンスをした。

茂はシルバーの除草作業中に心筋梗塞で倒れ、そのまま亡くなった。

運ばれた病院に裕二が着く頃には、龍一も駆けつけていて、義理の姉が嗚咽を漏らしていた。

裕二は最後に茂と会話をした日はいつだったのかを思い出そうとしたが無理だった。

何を最後に話したかさえ分からなかった。

「とりあえず葬儀の準備は俺がやるから、親父の部屋から葬式に使う写真を探してきてくれ」

由紀の葬式の時に要領を把握していた龍一が言った。

急いで自宅に戻った裕二は、台所で一杯麦茶を飲んだあと茂の部屋に向かった。

ふすまの前に立つと、深呼吸をしてゆっくりふすまを開けた。

しんと静まり返った冷気が裕二の頬を撫でた。

由紀が亡くなったあとは殆ど茂の部屋を見たことが無かったが、想像していた以上に片付いていた事に少し驚いた。

当然帰ってくるつもりであったろう、湯呑の中にはお茶が半分ほど残っていて、寝巻きらしき衣類は少し乱雑にベットの上に脱ぎ捨てられていた。

以前、由紀の介護用品や衣類をしまっていたであろう押入れに貼られた「開けるな」の紙ははがされている。

とりあえず写真を探そうと押し入れを開けると、山積みになった未使用の介護用オムツが雪崩のように落ちてきた。

押し入れの中の衣類を適当にどけてみると、アルバムのようなものが見つかった。

アルバムは二冊あり、どちらにも若い頃の由紀と茂を収めた写真が何枚も収められていた。

その中から遺影に使えそうな中年期の写真を見つけると、おもむろに写真を引き抜いた。

ふと見ると、テーブルの上に一冊のノートが有った。

「NO.2」と書かれている。

急ぐ裕二だったが、ノートをパラパラとめくった。

4月13日

由紀が亡くなって一ヶ月ほど経つ。

色々と気持ちの整理がつかないが、働かなければいけない。

桜の花が咲きだした。

向井さんから組の旅行の件の話。

5月29日

由紀の四十九日。

龍一の子供たちも来る。

これでひと段落か。あとはこれからの事をどうするか。

裕二、来月試験とのこと。

6月12日

庭のアザミがキレイに咲いている。

由紀が好きな花だった。

最近動悸がする。

一度病院に行くか。

6月27日

裕二、試験に受かったようだ。

お祝いで出前を取ろうと思うが、ここのところあまり会話も無い。

由紀ならそうするだろうか。

とりあえず、おめでとう。

8月30日

裕二が女性を連れてきた。

穂奈美さんという方。

子供が出来たとのこと。

親御さんに挨拶に行かないといけない。

由紀にも裕二の子供を見せてやりたかった。

お金が要る。もう少しシルバーの時間を増やしてもらうよう話をする。

9月15日

病院心電図。

少し元気が無い。

最近夜に胸が苦しくなることがある。

10月14日

由紀が生きていれば由紀の誕生日。

裕二とは会話なし。

どうすれば良いだろうか。

由紀ならなんというだろうか。

ノートは茂の日記のようだった。

書きなぐられた上手くもない文字は、時々なんて書いてあるのかわからないものもあった。

最後のページには「裕二」と書かれた封筒が挟まっていて、中には何枚かの一万円札が入っていた。

裕二は目頭が熱くなるのを堪えて窓の外を見た。

夕焼けが綺麗だった。

部屋に視線を戻すと、書棚にも同じ色のノートが立てかけられているのに気がついた。

裕二は書棚にそっと近づくと、ノートを手に取った。

ノートには「NO.1 由紀」と書かれていた。

1月7日

由紀倒れる。

脳出血とのこと。

龍一、裕二に連絡。

今後のこと。

明日また病院。橋爪先生。

日記をつけることにした。

1月8日

由紀、意識戻らず。

橋爪先生。

左半身のマヒ、言語障害、嚥下障害。

介護施設の話。

お金。介護保険。

要検討。

1月10日

由紀、意識もどる。

話が少し出来る。

今後の事を話す。

施設には入れたくない。

自宅介護のこと、調べる。

1月20日

由紀と話す。

裕二の事を心配している。

自宅介護のことも話す。

由紀は私に任せるということ。

橋爪先生に相談。

2月3日

由紀が自宅に戻る。

介護保険高橋さんに連絡。

シルバー湯沢さんに連絡。

これからが本番。

4月5日

裕二が帰郷。

介護の状況を話す。

あまり裕二には負担をかけたくないが、出費の大きいことも話す。

介助はなるべく裕二にはさせたくない。

内容は少ないものの、ほぼ毎日書かれているようだった。

ノートの最後のページには、いつかの由紀と茂の二人で行ったであろうキャンプの写真とノートの切れ端のようなものが挟まれていた。

まるで字を覚えたての幼児のような文字が書かれた切れ端だった。

お父さん

めいわくをかけてごめんなさい

お父さんといられてよかった

ありがとうございます

由紀だとすぐ分かった。

切れ端は少しゴワゴワしていて、何度か水に濡らしたようにところどころ滲んでいた。

生暖かいものが裕二の頬を伝って畳の上に落ちた。

生前、由紀はよく言っていた。

「お父さんはああ見えて優しいところもあるのよ。だけど不器用な人だから、うまく表現できないの」

その時はたいして気にも留めずに聞き流していた。

裕二は急に今までの自分が恥ずかしくなった。

こんなに近くにいたのに、何も分からなかった。

最後に何を話したのかさえ思い出させない。

俺は、父と母に何ができたのだろう。

ふと窓を見上げると、真っ赤に夕焼けした空が裕二の目に飛び込んできた。

「こんなに綺麗だったっけ」

裕二はポツリと言った。

一同が火葬場入ると、柩は既に火葬炉の前に設置され、顔の部分の小窓だけが開けられていた。

辺りは普段嗅がないような匂いがあったが、裕二は由紀の時を思い出していた。

火葬場は少し歴史を感じる佇まいだったが、とても大きな建物だった。

宰領の男性が、火葬場における流れを一通り説明したあとに続けた。

「それでは、最後のお言葉を次男であられる裕二様にいただきたいと思います」

葬式の際の弔辞は喪主である龍一が行ったが、火葬場での別れの言葉は裕二に任されていた。

深呼吸をしたあと、裕二はゆっくりと話し始めた。

「親父のことは、昔から嫌いでした」

親族が少しザワザワしたが、裕二は続けた。

「親父は昔から根無し草で、俺が小さい時からおふくろが生活費を稼いでくれました。親父が一度、おふくろに茶碗を投げつけて怪我をさせたことがあります。そのときは、兄貴と一緒におふくろに親父と離婚するように勧めました」

「おい裕二、、、」

龍一が心配そうに裕二の肩に手を置いた。

「親父のせいでうちにはお金が無かったし、家族みんな苦労が絶えなかった。俺はそんな家を出て、東京に逃げました。間違ってなかったと思ってます。おふくろが倒れて、金も無いのに自宅で介護をすると言い張って、兄弟でもお金を工面しました。最後の最後まで自分勝手で、親父みたいには絶対になりたくないと今も思ってます」

話の途中から声が上ずっていた。

知らないうちに涙が溢れてきていた。

穂奈美は横で泣いていた。

「それでも」

半分叫んだような声で裕二は続けた。

「それでもなんでこんなに涙が出るんだろう。嫌いだったはずなのになんで、、、。」

龍一も思わず嗚咽を漏らした。

「なんでだよ親父。なんでもっと色々話してくれなかったんだよ!本当に不器用だな!ふざけんなよ!何勝手に死んでんだよ!まだまだ話すことがいっぱいあんだよ!」

火葬場には裕二の叫び声と親族のすすり泣く声が響いていた。

「子供が生まれんだよ!なんでおふくろも親父もいないんだよ!ふざけんなよ!結婚式来てくれよ、、、。まだ話があるんだよ、頼むよ、、、」

取り乱した裕二を龍一が制した。

「なんでだよ、、、」

裕二はそう言うと力なくその場にしゃがみこんで泣いた。

そこにいるの全ての人間がすすり泣く声が暫く炉を囲んでいた。

窓の外には雪がしんしんと降っていた。

【次章】

~エピローグ~

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