毎月、嫁と文通をしている話

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嫁と毎月必ず文通をしている。

付き合った記念日から始めて、毎月記念日の6日になるとお互い必ず手紙を書く。

もともと僕も嫁も手紙を書くのが好きだったこともあり、どんなに忙しくても、どんなに喧嘩をしていても、欠かさないように心掛けている。

あとは、なにかあった時やお祝いがあったりした時にも書くので、付き合って4年と6か月ほど経過した今、文通した手紙はお互い60通強くらい貯まった。

手紙で伝えることのすばらしさ

手紙を書くメリットはとても多い。

自分の頭の中を整理して文章に興すだけで、自分の考えや想いを自分で整理できる。

そしてなにより、手紙を書くときは相手のことを真正面から考えて、一字一句想いを馳せながら筆を走らせる。

一か月振り返って、自分たちにどんなことがあったのか、それで感じたことは何なのか、自分じゃ感じられなかった感覚や視点をおしえてもらうことさえある。

音楽の事、暮らしの事、子育ての事、仕事の事、なんでも感じたことを書き連ねる。

どんなにけんかしても慣例を欠かすわけにはいかないので、その時の自分の気持ちや想いを正直に相手に伝える。

口じゃなかなか伝えられないことも、言葉を選び、呼吸を整えて、想いを綴る。

そうすることで、より相手のことをより理解したり、自分はなんであの時あんなことで怒ってしまったのだろうと自戒したりする。

とかく人間は、自分の都合のいいことだけ覚えて、どうでもいい事や生理的に覚える必要のないようなものはどんどん忘れていく。

夫婦でも、自分の知らないうちに相手を傷つけることなんて日常茶飯事なのだろうけど、大体の人は自分が傷ついたことは覚えているけど、相手を傷つけたことは忘れる。

手紙を書いていると、必然的に自分を振り返ることもできるのだ。

喧嘩したときなんかには、今までもらった手紙を端から読み返す。

忘れていたことにハッとさせられたり、出会った頃の美しい想い出が蘇り、まるで心が洗われるようだ。

そんな風に、僕たちの生活には手紙が欠かせないコミュニケーションツールになった。

死ぬまで続ける

嫁とは、お互い死ぬまで手紙のやり取りは続けようと約束している。

そして、もしそういうときが来たら、自分が受け取った手紙をすべてまとめて棺桶に入れてもらい、焚いてもらうことにしている。

想い出はこの体とともに空に昇り、世界に混ざる。

二人でこの話をしたとき、本当に胸がわくわくした。

なんて素敵なことを思いついたんだろうと思った。

ひと昔前に比べたら、きっと人間が文字を書くという習慣自体減っているのだと思う。

ただ、こういうアナログなことでしか伝わらない、伝えられない何かがあると信じている。

文字も、元気な時もあれば、なんだかフラフラしているようなときもある。

センテンスだけじゃなく、文字そのものも、相手の『今』をパッケージしてくれてる気がして、やっぱり手紙っていいな、と純粋に思う。

僕はネットでブログも書くけどそれはそれで大事だと思うし、こうやって一文字一文字を大切に、自分の生きた証を刻んでいけたらな、と考えている。

ちなみに、息子の誕生日にも夫婦で手紙を書いている。

彼が二十歳になるまで書き続けて、二十歳の誕生日にまとめて渡すつもり。

僕たちが刻んだ『今』の数々が二十年の時代を超えて彼に渡されたとき、彼はどんな顔をするだろう。どんなことを考えるかな。

文字を書くこと、手紙のすばらしさ、少しでも彼に伝わったならいいな。