音楽とITでのんびり生きる田舎のおじさんのブログ
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とある少女のはなし。

 

美味しい卵料理を極めたくなって
料理の専門学校行って
いろんな参考書を買って勉強して
海外に出てさらに勉強しようと
外国語を勉強して
海外の3つ星レストランで
血反吐を吐く思いで
ひたすらに頑張って
たまに 言語や文化の壁に打ちひしがれて
もう日本に帰ろうかとか思うけど
やっぱり究極の卵料理を作りたくて
周りがどんどん結婚していく中
去来する思いを噛み殺しつつも
いろんな葛藤や奔走をしながら
ただひたすらに頑張って
何年も何年も頑張って
そのうちに
その努力を認められて
自分の店を出さないか と
コック長から誘いを受けるも
時を同じくして
厨房という戦場の中で苦楽を共にするうちに
いつしかかけがえのない存在として頑張ってきた
一流の料理人志望だった彼から
実家の酪農を継ぐことにするから
一緒に郷里に帰らないか
と プロポーズされて
人生で一番の選択肢を前にして
彼女の鉄の意志は
その辛辣にも これを許さず
今生一番の悲壮に肩を落とすも
流々と溢れる涙を拭い
確固たる決意のもと
はなばなしく自分のお店をオープンさせ
究極の卵料理を追究し続ける姿は
まるで何かにとりつかれた鬼神の如く
世界に名だたる料理の巨匠が数々来店し
彼女の作る料理に舌鼓を打ち
ミシュランでも大々的に取り上げられ
世界的に有名な料理人になるが
まだまだ自分の納得いく卵料理が作れていない と
彼女は日夜研究に明け暮れ
だが たまに
一日の仕事を終えて
誰もいないアパートに帰宅して
果たして自分のゴールはどこなのか と
自問自答をしていると
なぜだか分からないけど
涙がとめどなく溢れてきて
そんなときは
いつも母に電話をして
励ましてもらいながら
心の何処かに
いつまでも払拭できない虚無を携えながら
また新しい朝を迎え
彼女は再び
見えないゴールに向かって走り続ける日々を繰り返して
また何年も何年も頑張って
そんな忙しい日々の中
何年かに一度の休暇を取り
帰国して
久々の休暇を堪能しているのだが
これは
毎回の事だが
実家に帰るものの
何年も国外にいると
帰国したときに行きたい場所ばかりが増えて
ただ 結局
卵料理はどこが旨いとか
新しくできたあのレストランのデザートは
珍しい卵を使ってる とか
そういうことばかりで
眠るとき以外は
殆ど家にいなくて
今回も
短い帰省を
最後まで堪能しようと
日本を発つ前日には
古くの友人達と
最近市内にできたというカフェで
昔話に花を咲かせていると
突然
母の訃報を伝える電話が
彼女を哀しみの深奥に突き落とし
何も考えられぬまま
タクシーに飛び乗り
ただただ
それを受け入れられぬまま
車窓から見える
灰色に染まる景色と
流れる町並みに目を泳がせ
教えられた病院に着くと
そこには 穏やかな表情で
永久の眠りに就く母がいて
経験したことの無いくらい
泣き喚いて
母と最後に交わした言葉がなんだったのか
思い出せなくて
また ただただ泣いて
泣き止まない彼女の肩を
優しく撫でながら
父曰く
母は
晩御飯の支度をしている最中に倒れ
そのまま還らなかったのだと

 

果てなど無いと思われるくらい
仄暗い意識の明滅の中を彷徨うこと
時間はどれくらいたったのだろう
しばらくして
やっと立つことができるようになって
気がつくと
葬儀の準備の為に
ひっきりなしに電話をしている父から
家のことを任され
母に最後の言葉をかけて
病院を後にしたころには
もう
山の稜線に
日が隠れていて
怖いくらい
綺麗な夕焼けで
思わず
母のことさえも
忘れてしまうくらい
美しいオレンジ色で
不思議なほど
心が穏やかで
そういえば
こんなふうにゆっくりと
夕焼けを見たのは
いつぶりだろうか

 

いつか母と
この茜の空の下
手を引かれながら
歩いたっけ
子供の頃は
体が弱くて
何度も病院に通った
私は
タクシーに乗るのが嫌だと
母に言うと
「仕方ないわね」
と言いながら
母は私をおんぶして
二十分程離れた自宅まで帰った
だけど
本当は
別にタクシーが嫌なのではなくて
母の背中におぶられるのが大好きで
それは
きっと母にも分かっていただろう

母のそばに居たくて
母を感じたくて
彼女は自宅まで
歩こうと思って
ゆっくり
ゆっくり
噛み締めるように
そして
歩みを進める度に
記憶の引き出しから
母との記憶だけを
取り出していると
そういえば
よく母は
病院からの帰り道
「今日は病院を頑張ったから、晩御飯にあなたの大好きな卵焼きを作りましょう」
と 言ってくれたことを思い出し
もう母の卵焼きを食べることはできないのだと
地面に視線を落とすと
栓をしたはずの涙腺から
温かな思い出がこぼれ落ちた

 

家に着くころ
もう辺りは暗くなっていて
だけど
彼女の家だけは
明かりは灯っていなくて
凍えるほどに冷えたドアノブを力なく捻り
ドアを開けて
「ただいま」
と 誰もいない室内に向かって呟いた
玄関の室内灯を点けた刹那
病院を出る間際に
火の元だけ確認してくれ と
父に言われたことを思い出し
一瞬肝を冷やしたが
どうやらガスの臭いはしないので
胸を撫でおろしたが
念のため
キッチンに向かって
電気を灯すと
まな板の上で
身を半分まで輪切りにされた大根が目に入り
床には野菜が散乱し
その傍らには
包丁とボールが転がっていて
その瞬間を想像して
戦慄が走った
ふと
テーブルの上に
皿が乗っていることに気がついて
テーブルに近づくと
それは
卵焼きで
今夜
晩御飯に出されるはずであったメニューの中で
唯一
出来上がったもので
彼女は
震える指で
箸差しから箸を取り出し
一口
卵焼きをほおばると
甘くて
優しくて
壮大で
穏やかで
懐かしくて
そんな
夢みたいな気持ちになって
卵焼きは冷たいのに
心がどんどん暖かくなって
全身に
母が染み渡っていくみたいで
箸を持つ手に
雨が降ってきて
記憶の中で
台所に立って
こちらを振り向いて
優しい笑顔を作っている母の残像に
あれ 家の中なのに
雨が降ってきたよって
泣きながら話しかけて
ひとこと
おいしい って
呟いて
そのうちに
父親が帰宅して
そういえば って
「あの子は明日帰ってしまうから、今夜はあの子の大好きな卵焼きを焼くわ」
って
朝 父に話したみたいで
また涙が出てきて
言われてみれば
毎回帰国したとき
最後の夜には
いつも晩御飯に卵焼きが出てきていて
それを思い出して
彼女はまた
言葉を失った

 

彼女が世界で一番美味しいと思う卵料理は
ずっと
近くにあって
ずっと
遠くにあって
小さい頃から
何度も何度も
食べてきたはずで
どのレシピ本にも載っていない
どの3つ星レストランでも食べることができない
母じゃないと作れない
そして
究極の卵料理を追究し続けながら
いろんな経験をしてきた彼女にしか分からない
そんな卵焼き

 

本当に大切なものは
きっと
すごくシンプルで
それでいてすごく複雑で
回り道を繰り返して
栄光も挫折も
すべてが経験であり
そして試練でもあり
ただ 大事なことは
前兆に従って
追い続けること
選択し続けること
自分を信じて
何に繋がるか
何処にたどり着くのかは
分からないのだけど
誰の心の中にも
アルケミストの魂は
宿っている

 

宝物は
この足元にある
辿り着くプロセスは
果てしなく難儀であり
だが
際限なく尊い
そして
全ては繋がっている
そうやって
全ては繋がっていく

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