【哀愁交差点】ジャパハリネット

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愛媛県松山市にて1999年に結成され、2007年に惜しくも解散した【ジャパハリネット】(通称ジャパハリ)。

当時はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いでインディーズ~メジャーに駆け上がり、一時は「四国地方最強のロックバンドとも言われたそうです。

ジャパハリネットオフィシャルサイト

2015年には再結成をして、現在進行形で活動してるみたいですね。

調べたら、実は彼らと殆ど同世代でした。

僕も昔はガチガチの西海岸大好きメロコアバンドやってまして、人間的にも狭量なウンコバンドマンでしたので、彼らのように日本語で歌う、いわゆる「青春パンク」ってのを毛嫌いしてまして、当時は全然聴いたりもしなかったし、対バンもしたことはありませんでした。

そんな折、実はちょっと感動的なエピソードがありまして。

ジャパハリがメジャーデビューした【哀愁交差点】という曲があります。

当時この曲を聴いた父から「哀愁交差点という曲を聴くとお前を思い出す」と、連絡がきました。

二十過ぎた頃、僕はバンドをやりたいがために一人故郷を離れ、ほぼ家出同然で長野市に引越しました。

そんなわけで、当時は家族とも絶縁状態で、殆ど連絡すらとっていなかったわけですが、そんなことを突然言われたので気になってたんですよね。

でも結局聴くこともせずに、そのエピソードを当時やってたメロコアバンドのブログで書いたんです。親父にジャパハリの事言われたんだけど、よく知らない。的な。

そしたら、次のライブの時にそのブログを読んでくださったお客さんがわざわざジャパハリのアルバムをMDに録ってきてくださって、プレゼントしてもらっちゃって。

聴きましたよ、哀愁交差点。

【哀愁交差点】

歌 ジャパハリネット
作詞 鹿島公行
作曲 鹿島公行

夕暮れが灯す頃
笑顔はどこか切なかった
厳しい大人の社会では
いつものように無力だった

意味があろうとなかろうと
想えるように生きたかった
悲しむ姿見ようとも
俺は俺でありたかった

いつみても無様ねえよ
俺も世間も無様だ
無器用なのかダラしないのか
心が弱いのか哀愁漂うあの街へ

いつの日か胸を張って
「帰ってきたよ」そう言いたくて
いつの頃か歩きだした
ただひたすら認められたくて

哀愁なんてどこにもなかった
街の色は透明だった
オレンジ色の田舎の景色は
どこにも見当たらなかった

右も左も解らなくて
とにかく前へ走った
良いか悪いのか前がどこかも解らなくとも
それでも走るしかなかった

人間模様哀愁交差点
この真ん中で俺はやれるか
俺は俺であり続けるか
そして夢を叶えるか

その曲を聴きながら、歌詞を目で追いつつ僕は号泣しました。

親父が言いたいことがとてもよく分かりました。

あの時のお客さんには今も心から感謝してます。ありがとうございました。

その一件で、僕は色んなジャンルの音楽を分け隔てなく聴くようになりました。とても有意義な出来事だった。

そんなこんなで、夢を追いかけるバンドマンには特に聴いて欲しい一曲【哀愁交差点】。

実は今heartleafでカバーしてます。

7月30日のライブで演奏予定です。

ジャンルもジャンルなんで、どう化けるか自分的にも非常に楽しみです。

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当券もあるくさいです。お問い合わせくださいませ。

heartleafとしては久しぶりのライブです。

嫁が息子も出産したので、息子リリースパーティですね、頑張ります。

それでは。


heartleaf 【days】

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夫婦で音楽やっております。