先日、オードリーの若林さんに心酔する知人がやたら彼の著を勧めてくるのでおすすめを一冊借りてみた。
若林正恭『完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込』(角川文庫)
正直なところ、僕はお笑いに造詣が深いわけでもないし、そもそもテレビ自体あんまり見ないのだが、さすがにオードリーの知名度の高さくらいは知っているつもりだ。
だがしかし、別に特段オードリーが好きなわけでもなく、こと若林さんに限っては「ちょっと地味な芸人」くらいの立ち位置だったので、エッセイ集だと聞いたときはちょっと驚いた。
聞けば大学の文学部を修了しているとのことで、さてどんなものかと期待を抱きつつ読んでみたところ、これ案外良書かもしれないぞ、と、感想でも書いてみようという運びになりけり。
完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込
若手芸人の下積み期間と呼ばれる長い長いモラトリアムを過ごしたぼくは、随分世間離れした人間になっていた―。スタバで「グランデ」と頼めない自意識、飲み屋で先輩に「さっきから手酌なんだけど!!」と怒られても納得できない社会との違和。遠回りをしながらも内面を見つめ変化に向き合い自分らしい道を模索する。芸人・オードリー若林の大人気エッセイ、単行本未収録100ページ以上を追加した完全版、ついに刊行!
初説の時点で彼の「めんどくささ」がにじみ出ているように思う。
まあ、僕もこの歳にもなるといろんな人間と交流してきたわけで、所謂天邪鬼とも言えるような人間は珍しくない。
そんな彼が、社会的に確かな地位を登っていく際の葛藤や本能みたいなものが書き綴られている。
もとは「ダ・ヴィンチ」でのエッセイが始まりだったそうで、当時のエッセイもそのまま掲載されており、書き出した当初はかなり固い書き口で当時の心境が書かれている。
だが、連載も続くと次第に持ち前の語彙力や発想力を発揮し、徐々にロジカルになっていく様を見て取れるのも人間らしくて楽しい。
ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。
文中には何度もネガティブという言葉が用いられる。
自身の持つネガティブとの戦いを惜しみなく書き綴るはとても人間臭くて小気味いい。
ネガティブに陥りそうな時にはちゃんと対策を考えているし、恐らく彼は本当のネガティブではない気がした。なんかこう、逆境を力に変換するタイプの人間なような気がする。
アマとプロの狭間で
そもそもこの本のテーゼでもある「ネガティブ」だが、彼がプロの世界(それを文中では「社会」とポジットしている)に出た辺りから、徐々に「社会人」として成長する過程で感じる葛藤だとか本心だとかの副産物として「ネガティブ」との戦いに挑んでいる。
これは、きっとどのジャンルでも言えることなんだと思うけど、例えばミュージシャンになるために下積みを重ね、やっとプロになったものの理想と現実の狭間で狼狽する音楽家にも言えることなんだろうと思う。
僕自身音楽を長いこと続けてきた中で、同じようにプロになったものの理想とあまりもかけ離れた現実や、到底受け入れられないようなプレッシャーからミュージシャンを辞めた人達を何人も知っている。
まあ、そんな紆余曲折を経て「一流」になれるのだろうけど、少なからず著者も同じような葛藤や悩みを抱えながら現在の場所まで登ったことは確かだ。
なので、僕的にはこの本を勧めたい人間といえば、目標に到達してからのことを案じる夢追い人や、プロやフリーランスのような立場になって改めて自分の立ち位置に蒙昧しているような人に勧めたいと思った。
経験者の体験談は何よりの教科書だろうから。
名言もある
そんな本書の中には、目からウロコのような名言もいくつも散りばめられている。
個人的に一番良いセンテンスだと思ったのは、「穴だらけ」という話の中にある。
まだオードリーが全然売れてない頃、とあるプレゼントで黒ひげ危機一発を貰ったそうだ。
著者は一人で遊ぶ際に、如何に早くおっさんを飛び出させるか?という遊びをしていたらしい。
それを当時の売れていないオードリーの活動になぞらえ、「どこに剣を刺したら飛び出せるか?(この場合、どうやったら売れるか?の意)」といろんなことを試したらしい。
で、結局彼らは売れたんだけど、その章の最後の締め方が素晴らしいので引用する。
そうやっていろんなことを試しながら、だんだん今のオードリーになっていった。
今がベストな形かどうかはわからないけど、他人の樽からおっさんがバンバン飛んでいるのを横目に剣をたくさん刺した記憶はある。
そして、今の漫才の形が受け入れられた時、ようやくぼくの手元にある一つめの樽からおっさんが飛んだんだと思う。
~中略~
とにかく刺して、穴の数を減らさないといけない。
結婚相手や、商品開発なんかも似たところあるのかな?
何かをしても何も起こらなかった時、飛ぶ可能性は上がっている。
まとめ
僕自身つい先日起業したばかりで、まさしくこの本のような葛藤や悩みを少なからず抱きながら仕事をしている。
そんな僕にはタイムリーすぎる一冊になった。
ネガティブという言葉が羅列するものの、読んだあとには不思議と力が湧いてくるような、なんとも温かい一冊である。
一人の芸人が書く文章と侮っていた自分が恥ずかしくなったくらい、優しく包み込んでくれる良書です。
どうやらこの続きの著書も出ているそうで、この本を貸してくれた知人を褒めちぎりまくって半ば強引に借りてくるとする。